浦島太郎のような気持ちがると思うのです。

この暑さで、遊んで老いる日本人は少ないので、観光客しか歩いていないような錯覚になります。自分が、海外に来ているような気持ちです。外国の方だと、たとえ、有名な方が来ても誰だかまったくわかりません。
京都の生まれ変わりは、しばらく行かない道を、たまに、通ってみると、工事中ということがあり、お年寄りで、外に出なくなった方には、京都ではなくなってしまったかのような気持になることでしょう。
浦島太郎がいながらにして行われているという気持ちです。面白いことに、京都の人は、自分の小学校鉱区から、出ないということがるのです。信じられませんよね。あそこまで有名な祇園祭でさえ2回ぐらいしか見ないというのです。不思議で不思議で。いつもで行けるというのがるのでしょう。
ただし、ここにきて、京都は、京都の人?だけの京都ではなくなりました。世界の京都です。お年寄りに見せてあげたら、驚くでしょうね。とにかく、あっという間に解体が始まり、建築します。